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小平の範多農園の在りし日の勇姿 4 | |
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先駆的だった範多農園造成 1 約1万2000坪の農地の土壌改良にかかったのは、母屋がまだでき上がる前 悦大学の敷地にあたり、岩手県雫石の小岩井農場の出張所と研修所、い までいう配送センターを兼ねており、実験牧場もあった。そこで牛や馬を飼っ ており、牧場の管理人や研究員たちも範多農園によく出入りしていた。 そうした専門家からアドバイスを受けながら 表土を深さ50〜60aも掘り起こ して、小岩井農場から出る牛糞を主に馬糞、人糞、堆肥などを客土に使っ て本格的に土壌改良に取り組んだ。 H・ハンターは母屋の西側に鉄骨ガラス張りの温室も2棟設けていた。1棟は 約70坪、もう1棟は40坪ほどの大きさで、スチームヒーターを備えた本格的な 温室だった。 1棟ではセロリやピーマン、アーティチョーク など当時では珍しい 西洋野菜を栽培、もう1棟では水耕栽培を試みていた。 水耕栽培でキュウ リ、トマト、ニューヨーク種のレタスの栽培に成功していた。 深夜に温室に入り、懐中電灯で照らしながら丹念に虫を取ったり、液肥のパ イプの流れを見て歩くH・ハンターの背中も、 側近の伊藤徳造さんらはよく目 にしたそうだ。 遺された数枚の温室の写真を見ていると、何処か遠い国を旅しているような 気がする。 H・ハンターは農園芸については東大の雨宮博士らの指導助言を得る一方、 |
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