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加賀正太郎が自ら図面を引いて設計した大山崎山荘と ハンス・ハンターが事業から手を引き、余生を送るために 資産を次ぎ込んだ小平の範多農園母屋を対比してみ ると… |
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究極の道楽は普請道楽といわれますが、加賀正太郎とハンス・ハンターも蝶の採集 から始まって自然探索、釣りやゴルフ、蘭栽培など趣味の限りを尽くして行き着いた のが普請道楽だったように見受けられます。それぞれの世界で得た知識や磨かれた 美意識の集大成が大山崎山荘と範多農園の普請に注ぎ込まれ、単なる道楽でな く最高のものを求めています。ところでH・ハンターと名づけられたカトレアは、大山崎 山荘の蘭温室が非公開で今回は見ることはできませんでした。残された文献からす ると下の写真のような姿ではなかったかと・・・想像を膨らませています。何時の日か 出会えることを願いながら、大山崎山荘2階バルコニーから男山を背景にした紅葉 の錦絵を堪能してきました。 大山崎山荘に設けられた温室では最盛期には1万鉢にも及び、次々に新品種を 交配して『蘭屋敷』と呼ばれ、洋蘭栽培のメッカに。加賀正太郎はその中でも特に 優れた品種104種を選び、88種を浮世絵に、残りは油絵と写真で後世に伝えよう と『欄花譜』の制作を企画。第2次世界大戦で暗礁に乗り上げながらも、敗戦直 後の昭和21年に刊行されました。 |
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