昭和4年(1929):現在の三鷹電車区の前身となる「中野電車庫三鷹派出所」が開設し、9月1日三鷹信号場・電車庫として独立。
昭和5年(1930)6月25日:駅に格上げ、三鷹駅となる。
昭和24年(1949)7月15日:戦後の社会不安の時代を象徴する三鷹事件が発生。暴走した電車により同駅利用客6人が電車の下敷となり即死。線路脇の商店街に脱線、横転しながら突っ込み、負傷者も20人出る大惨事となった。下山事件、松川事件と並ぶ国鉄三大ミステリー事件といわれ真相は究明されてない。
昭和26年(1951)4月14日:同駅〜武蔵野競技場前駅間開通。
昭和34年(1959)11月1日:同駅〜武蔵野競技場前駅間廃止。
昭和44年(1969)4月6日:高架駅化。
昭和52年(1977)8月:都道武蔵野・調布線と中央線の立体交差に伴う工事より駅北口の玉川上水は暗渠化された。
昭和62年(1987)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
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