E・H・ハンター時代に神戸港を一望できた北野の高台も現在は、三宮駅界隈の
高層ビル群に遮られて、視界は変貌してしまいましたが、広大な元ハンター邸
の外壁の一部は神戸市の伝統的建造物として、在りし日を偲ぶことが
できます。

ハンター邸洋館は大正6年6月にE・H・ハンターが他界後は長男龍太郎氏が
移り住んで、父親の事業をさらに発展させました。しかし、昭和年代に入っ
てからは満州事変に続く支那事変、さらに日中全面戦争へと泥沼化していく
中で、昭和11年10月に龍太郎氏もこの世を去りました。

龍太郎氏の没後は、嗣子竜平氏が父祖の事業を引き継ぎましたが、世界大戦
へと拡大していく時世に範多商会は翻弄され、衰退を。

そして敗戦を迎え、GHQによる財閥解体に加えて、財産税が重くのしかかり
竜平氏はハンター邸を敷地もろとも手放して、東京へ転居。その後、洋館の
所有者は二転三転して昭和27年からは『藤月荘』として料理旅館に転用され
ましたが、所有者は昭和36年に廃業して、土地建物は処分されることに。

このハンター邸洋館の取り壊しに各方面から大きな関心が集まり、保存に関
する建議書が提出され、建物は兵庫県の所有となり解体、王子動物公園
の一角に移築されました。昭和41年6月には戦後に残された数少ない
歴史的洋館として、国の重要文化財に指定されました。

移築先の王子動物公園で阪神淡路大震災に見舞われ、一部が破損する
被害を受けましたが、補修工事をされて今日に。
毎年4月、8月、10月には館内も公開されています。