小平市玉川上水を守る会編



           『田村分水』

玉川上水に沿った石垣を張り出さ
せて築かれた田村分水口


福生市宮本橋の袂に、見事な玉石積みの石垣に囲まれている屋敷が
清酒『嘉泉』や『玉川上水』で名高い田村酒造。石垣の中ほどの鉤
型に切れ込んだ辺りに田村分水の分水口がある。

田村家は江戸時代初期から福生村の開拓にあたり、代々名主を務め
てきた。玉川上水が引かれて約40年後、元禄年間(1688〜1704)に
水を認められ水利権を得た個人分水だが、維新前年以後、その下流
の福生村の水田開発・農業用水にも利用され、福生分水と呼ばれる
ようになった。

田村家では九代目半十郎の時代に邸内に井戸を掘り当て、あまりの
いい水に嘉泉と呼び、その井戸水で酒造りを始めた。分水口は1升
枡ぐらいだが、この分水で水車を回して精米製粉をしていた。明治
初期には電気をおこして自家発電をしていたこともある。水車を回
した余水は屋敷内を小川のように巡らせて、環境水として利用する

一方、酒蔵の洗い場に引き込んで桶やザルなどの道具を洗うのに利
用している。また雑廃水の排水路にもなっている。小河内ダムが完
成する以前は酒造米を洗ったり釜を洗うのにも利用されていた。

現在、同分水は田村家の邸内を出た後、500b位で暗渠となり金掘
公園付近で市の下水路と合流している。

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