小平市玉川上水を守る会編



『大岡越前守』

大岡越前守忠相は町奉行の時、関東の農政を担当する関東
地方(じかた)御用掛を兼任した。
忠相は八代将軍吉宗が遂
行した「享保の
改革」で農政巧者と言われる田中丘隅、蓑
正高、川崎平右衛門等
を登用し新田開発を積極的に奨励し
た。

享保7年の4上水廃止(亀有、青山、三田、千川)は新田開
発奨励
の為と見られる。その他、大岡の事蹟としては神田
・玉川上水の修
繕費負担を町方だけでなく武家方にも負担
させたこと、元文5年の
玉川上水堀替え(福生)等がある。

  大岡忠相の年譜

延宝5年(1677)旗本大岡美濃守忠高の四男として生まれる。

貞享3年(1686)御徒頭大岡忠真の養子となる。

正徳2年(1712)伊勢山田町奉行となる。

享保元年(1716)御普請奉行となる。

享保2年(1717)江戸町奉行となる。

享保7年(1722)関東地方御用掛を兼務

元文元年(1736)寺社奉行となる。検地奉行として武蔵野
        新田検地。

延享2年(1745)関東地方御用掛免除(在任24年)

宝暦元年(1751)病気理由に寺社奉行を辞任。2ケ月後没。
        墓は
茅ヶ崎市浄見寺。





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有楽町駅前に立つ南町奉行所跡碑


南町奉行所は有楽町駅とマリオン
の間辺りにあった。


南町奉行所三大名奉行

14代

大岡越前守忠相

19年間

26代

根岸肥前守鎮衛

17年間

33代

遠山左衛門尉景元

7年間

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