小平市玉川上水を守る会編



『米軍爆撃』
小川橋下流約600b、武蔵野美術大
キャンパス附近に玉川上水の水路が
大きくえぐられており、米軍の爆弾に
よるものと言われている。


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都水道局多摩出張所・佐藤志郎氏による昭和20年(1945)の水道施設被害報告書に次の記録がある。

4月2日正午、小川橋下流約600b(野中新田)に推定250`爆弾2個を投下され、両岸の土砂著しく崩壊せり。付近にも約20個投下される。盛土地表面に亀裂、毎秒4・5平方b程度流水。応急処置として、午後6時30分断水、流水の混濁著しかったが11時羽村・村山導水路通水開始、2日間の軍当局の応援を得て、4月3日正午、羽村・村山導水路復旧工事完了。

4月12日午前11時、5編隊での来襲投下あり。羽村・村山導水路上石川取水口上流150b爆弾命中。26b×17b、深さ3b陥没。更に山林口に2個投下あり。

4月24日午前8時40分、砂川村8番・小川分水取水口上流50bに推定250`爆弾1個投下あり。両岸の土砂崩壊(延長6b)、通水に支障なし(毎秒3平方b)。付近の民有地にも爆弾多数投下される。都所有地内木立50本幹枝へ被害。

4月24日、電話施設空襲被害。回線、玉川線および原水補給。区間は小川橋から千手橋間。玉川線の3区間は、(537〜545、551〜560、564〜578号柱)。

4月25日午後1時頃、B291機、狭山汚水路(砂川村389番先)右岸に100`爆弾1個を投下され護岸約9b破壊。付近に5個投下され、民家倒壊2戸、死者2名。